混沌としていたほうが面白い?

CNETに連載されている慶応大学SFCのコラムを読んでいると、先進的であるということは「混沌」を積極的に許容することでもあるのだなあと思う。

悪口はいくらでもいえそう。相当額の投資で整備した情報キャンパスで、学生は大学のネットワークを使ってヤフーなどのフリーメールを使い、メッセンジャーで会話し、SNSで情報発信をする。大学が配布するメールアドレスや個人用のファイル置き場はヘビーユーザの利用が多少増えるとしても、多くの学生はほかのサービスに流れ急速に空洞化し、大学のシステム部門として学生全員に責任をもって連絡できる手段がない...etc.。リテラシーの低い学生や教官には排他的ともいえるキャンパス。つまり、大学の講義や諸活動の効率化、合理化には必ずしもITが貢献できていないわけで、企業ならば投資効果を問われること間違いない。な~んだSFCも他の大学と同じじゃあないか!

ただ、SFCと他の大学と違うのはどこかというと、たぶんその姿勢なのだと思う。
「創発を起こすインフラ作りとは?」で語られているように、「混沌」を積極的に許容する姿勢、自由度がないといけないんだというポリシーが明らかに違う。これは利用者である学生(のレベル)に相当の信頼があり、また何が起こっても受け止めてやろうという自信のあらわれのように思える。そして、そういう自由や混沌を許容する体制や環境自体がこの大学の独自性なのだろう。

先日、いろいろな大学の情報担当の方の話をきく機会があったのだけど、「情報化をどう解釈するか」が企業以上に大学だと拡散するものだなあと驚いた。「様式は内容よりもラディカルである」ということで、次回(といってもいつになるか?)は冒険的に勝手に分類を試みてみよう
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by haruyamablog | 2005-02-13 23:47
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